とある関西贔屓のヒトリゴト。

とある関西贔屓のファンが思ったことをそのまんま呟きます。

Answer 追記的な。


先日(もはやそのレベルじゃないけど)
Answerの感想をこちらのブログで書かせて頂き、
『マイナス美学』というものを僭越ながら解釈させて頂きました。

あれから それなりに季節は過ぎ〜 ♪ ()

たまたま現代文の授業で扱った
ある文献で気になったものがありました。


否定の美学


という言葉です。


マイナス=否定 とも結び付けられる気がしますねぇ💭


内容は、日本人が美を感じるのはどのような部分なのかという感じなのですが

西洋の美学とは
美貌であり、富であり、名声であり

(それらを比べて誰が一番優れているか、神々が争ったという話もあるくらいですから)

そういった明らかな大きさや力あるものに美しさの念を抱いておりました。今もわりとその感じは抜けきってはいないと思われます。

何にしても『ある』という現状が美しい。

西洋の人々にとっては それが存在する ということが大事なのです。


一方で、日本は昔から小さいものや家族への愛情や そういったものに美しさを抱いてきました。

慎ましい性格の表れともいえるでしょう。

また、こちらも日本史お得意な方々にはよく知られていますが

茶の湯を確立した 千利休豊臣秀吉を家に招き、お茶会を開くという話があります。

利休の家の庭には たくさんの朝顔が咲いておりました。朝顔が好きだという豊臣秀吉。これは盛大にもてなすチャンスです。

ところが、いざ秀吉利休の宅を訪れ 庭を見ると朝顔は一輪も咲いていません。

戸惑う秀吉。残念がりつつも、茶会の開かれる部屋の襖を開けると
そこには 朝顔が一輪のみポツンと飾られており、先程までの落ち込んだ気分はどこへやら。すっかりお喜びになられたとか…。

単純に考えれば理解し難い出来事ですが、
余計なものを失くして 余白を作ることで
対象物の美しさがより引き立つ という思考です。


つまり!

日本人は 何かが『ある』ことよりも

それを邪魔するものや 疎ましいものが『ない』ことを美しいと思うのです。



では、Answerに戻って。


日本人だ 西洋人だって話は置いといて✋


貪欲なJr時代は西洋的な考えを持っていた3人。
なんでもかんでもある方がいい。多いに越したことはない。という具合であったのが

年月を重ねるに連れて そうでないことに気づいた。余計なものがない方が、より良いものが映える。ということに気づいたと

(あれ、解釈大して変わってなかったらごめんなさいですね。)


こんな風に思ったのでした。
はい、思っただけです。

失礼します(´-`).。o()


(何 言いに来たんだよ。)